高効率で実現、
HydroCellTMを利用した 無フィーダー分化誘導系の構築

独立行政法人国立国際医療センター研究所
 疾患制御研究部 幹細胞治療開発研究室長
佐伯 久美子 氏
Kumiko Saeki, Ph.D.

再生医療が大きく取り上げられるようになって久しい。そこで重要になる要素の1つに、患者由来の細胞をいかに 目的の組織に分化させるかがあげられる。

細胞によって、接着培養、浮遊培養と要求される方法が異なるため、培養プレートの性能が研究の進展を大きく左右する。

株式会社セルシード(以下、セルシード)から発売された HydroCellTMは超低付着性をうたっており、その性能に期待が寄せられる。

細胞接着をほぼ完全に抑制するHydroCellTM

セルシードは温度応答性ポリマーや表面加工技術に強みを持ち、これらを活かした細胞培養用の容器開発、細胞シートを用いた再生医療事 業を進めている。HydroCellTMは独自の表面加工技術で「超親水性ポリマー」を器材内表面に共有結合させ、このポリマーの作用によって細胞 の接着を防ぐ(図1)。

例えば、プレート上に接着することで増殖するNRK 細胞をHydroCellTMで培養した時に、足場依存的な増殖が完全に抑制されることがわかっている。また、一般的にプレートへの接着力が高いとされているマクロファージを培養すると、球状の状態にとどまっており、接着をほぼ完全に抑制していることが示唆された(図1)。これらのことからHydroCellTMが優れた低付着性を持っていることがうかがえる。

造血幹細胞分化誘導系の開発

HydroCellTMが持つ超低付着性のメリットを研究の中で実感している研究者が増え始めている。

ヒトES細胞からの高効率な血管内皮細胞の分化誘導系の構築に成功した国立国際医療センターの佐伯久美子氏もその1人だ。造血細胞の研究に従事してきた佐伯氏は、もともと白血病患者由来の細胞株を使って増殖や分化に関する研究を行っていた。しかし、白血病細胞株では染色体異常が蓄積しており、必ずしも適切な研究ツールとは言えなかった。そこでヒトES細胞からの造血細胞の分化誘導系の開発に取り組んだ。

分野全体を見渡してみると、ES細胞からの分化に関しては、マウスで数年前にHoxB4を強制発現させることにより、造血幹細胞を誘導する系が報告されている。一方ヒトの場合は、HoxB4の強制発現により白血病様状態が誘発されるなど、道半ばといった状況だ。しかし、佐伯氏は取り組みの中から副産物的に新たな知見を見出しつつある。

スフィアがもたらした恩恵

ES細胞から各種の細胞に分化させる場合、 フィーダー細胞を使う系と使わない系に分けられ る。佐伯氏は将来的な移植のことも視野に入れ、 異種動物細胞の混入が無い「無フィーダー培 養系」での分化誘導系の開発に従事してきた。

「無フィーダーでの分化誘導系では、ES細胞を 短期間浮遊培養して球状の細胞凝集塊(スフィ ア)を作製する技術が非常に有用です。色々な プレートを試した中でHydroCellTMのパフォーマン スが最も高く、スフィアが確実に形成できました (図2)。

スフィアは、胚様体のように個体発生を 模倣しているわけではありませんが、組織レベル での発生過程はよく模倣されている印象があり ます。例えば私どもの血球分化誘導系では、ス フィアを接着培養するとまず血管内皮細胞が産 生され、その一部から造血前駆細胞がつくられ ますが、同様のことは発生過程でも観察されて います。さらに、造血前駆細胞の増殖や分化を 支持する間質細胞(ストロマ細胞)も同時に生 産されることを見いだしております

HydroCellTMを用いた浮遊培養により極めて高効率な分化誘 導が可能になりました」。

さらなる分化誘導系の 開発を目指して

「このような高効率の分化誘導系が達成され た秘訣はスフィア形成のステップにあります。添加されたサイトカインカクテルの作用に加えて、 独特な3次元構造中での個々の細胞の位置情報が加味され、発生過程にある始原組織が持つべき“正しい微小環境”が整えられて、指向 性の高い分化誘導が実現されたのではないかと考えています」。スフィア形成時に添加するサイトカインカクテルの組成も重要なようだ。

「実はヒトES細胞から造血幹細胞の作製のための検討していた際に、ほぼ純粋に血管内皮細胞が産生されていることに気付きました。私どもの血管内皮細胞の分化誘導系では、従来から使われている血管内皮細胞増殖因子に加え、造血幹細胞の増幅培養で使用されるサイトカインカクテルを使用していることに大きな特徴があります。ヒトES細胞の分化誘導法の開発では、目的とは別の系列の細胞が高効率に作製されることがありますが、そこがES細胞研究の難しさでもあり、魅力でもあります。このような研究に、安定したスフィア形成が可能なHydroCellTMは心強い味方です」。

現在は肝細胞や褐色脂肪細胞の分化誘導も手掛けている。特に褐色脂肪細胞の分化誘導ではスフィア形成が非常に有用とのことだ。将来的にはさらに開発を進め、モデルとなる再現性の非常に高い分化誘導系を開発するのが目標だという。新しいコラボレーションも視野に入れているという、佐伯氏の研究の進展が楽しみだ。

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なお、このインタビューは株式会社リバネスにより行われ、BioGarage 06に掲載されました。

BioMarket.jpにも掲載されています。

佐伯 久美子 室長

佐伯 久美子 室長

プロフィール

独立行政法人国立国際医療センター研究所疾患制御研究部幹細胞治療開発研究室長

1995年東京大学大学院医学系研究科卒業学位取得、国立国際医療センター研究所流動研究員、科学技術振興事業団科学技術特別研究員を経て1999年より国立国際医療センター研究所血液疾患研究部造血障害研究室長、組織改革による名称変更に伴い2010年より現職。
医学博士

参考文献

Nakahara, M., Nakamura, N., Matsuyama, S., Yogiashi, Y., Yasuda, K., Kondo, Y., Yuo, A. & Saeki, K. (2009) High-efficiency production of subculturable vascular endothelial cells from feeder-free human embryonic stem cells without cell-sorting technique. Cloning and Stem Cells, 11(4), 509.